こんにちは、セプテンマリアの代表、真部裕充です。

たとえば、お客さまから、メニューにある二つの料理の違いを聞かれたとする。「どちらもおいしいですよ」。そう答えた後、お客さまはまだメニューを見比べている。

気持ちは込めた。でも、選ぶための手がかりは渡せただろうか。飲食店のメニュー説明で僕が考えたいのは、この小さなすれ違いだ。

店が好きな料理を伝えることと、目の前の人が食べたいものを見つける手助けをすること。その二つを、もう少し近づけたい。

「おいしい」の中身は、人によって違う

しっかりした味が好きな人もいれば、さっぱりしたものを食べたい人もいる。みんなで分けたいのか、自分の一皿を選びたいのかでも、知りたいことは変わる。

だから「おいしい」という言葉を増やす前に、何を比べているのかを短く聞いてみたい。

たとえば、「味の違いが気になりますか。それとも量でしょうか」。質問をいくつも重ねる必要はない。相手が迷っている点に、説明の焦点を合わせたいのである。

好みを聞いたのに、結局こちらの売りたいものだけを勧める。それでは、聞いた意味が薄れてしまう。答えてもらったことを、次に伝える情報に使いたい。

メニュー説明は、同じ項目で比べる

ここからは、僕が店で大切にしたい説明の仕方を、例で考えてみる。

仮に、二つの料理の調理方法や味つけを、商品資料で確認できたとする。一方については味を、もう一方については人気だけを話したら、お客さまは比べにくい。

味について聞かれたら、両方の味つけを説明する。量についてなら、それぞれの量を、確認できる範囲で伝える。まず、同じ項目をそろえて話す。

たとえば、確認できた味つけが「塩味」と「甘辛いタレ」なら、その違いを伝える。「こちらのほうがおいしい」と結論を代わりに出すより、食べたい味を選んでもらえる説明にしたい。

その上で、自分が食べた感想を添えるなら、「僕はこう感じました」と、感想だとわかるようにする。商品として確認できる特徴と、自分の好みは分けて伝えたい。

「絶対にこちらがいいです」と言い切らなくても、選ぶ手助けはできる。違いがわかれば、決めるのはお客さまだ。こちらと違うものを選んだとしても、それでいい。

説明が上手に聞こえることより、聞いた人が自分で選べること。そのための言葉を探したい。

知らないことを、勢いで埋めない

もちろん、質問のすべてに、その場ですぐ答えられるとは限らない。食べたことのない料理も、資料を確かめないとわからないこともある。

そんなとき、雰囲気で答えをつくらない。たとえば量を確かめていないのに、「二人なら十分です」と約束しない。わかっている特徴を伝え、わからない部分は確認する。

「確認してからお伝えします」。そのひと言を、接客が下手な証拠にしたくない。確かでないことを確かなように話すより、必要な確認をして戻ってくる。その丁寧さを大事にしたい。

ただ、確認すると伝えたまま、待っているお客さまを忘れてしまっては困る。質問を受けたら、返答までを仕事として持っておく。交代するなら、誰が返すかまで引き継ぐ必要がある。

会社は、答えを調べられる状態をつくる

ここを、スタッフの暗記力や話術だけに任せるつもりはない。社長の僕にも、先に考えることがある。

説明に使う商品情報は、どこで確かめられるか。内容が変わったとき、古い説明が残らないか。資料でわからない質問は、誰に確認するか。

こうしたことが曖昧なまま、「もっと魅力を伝えて」と頼んでも、説明する側は困ってしまう。会社として、確かめられる情報と確認先を整えていきたい。

僕たちは、お客さまに体験を届け、その現場で自分たちも学ぶ会社でありたい。メニューを説明する仕事にも、その往復がある。

何を聞かれたのか。手元の情報で答えられたか。答えられなかったなら、どの情報が必要だったか。お客さまの質問から、僕たちの準備の足りないところも見えてくる。

答えられなかった人を責めるより、次は確かめられるようにする。その積み重ねを、会社の仕事にしたい。

次に説明するとき、比べる項目を一つそろえる

次に料理の違いを聞かれたら、まず、相手が何を比べたいのかを確かめてみよう。そして、その項目について、確認できている違いを短く伝える。

長い商品紹介を全部話す必要はない。聞かれたことに答え、もう少し知りたい様子なら、そこから続ければいい。

僕が外食を仕事に選んだ原点には、仲間とつくったものを、受け取ってくれる人と共有したいという思いがある。料理を選ぶ場面も、お客さまが過ごす一時の一部だ。

その一時を、店側の都合だけで進めたくない。何を食べるかを、納得して選んでもらう。メニューの前で交わす短い会話も、大切にしたい。

相手を見る接客については、「飲食店の接客をよくしたい。だったら、社長の僕が先に考えること」にも書いた。今日は、その考え方を料理の説明という一場面に置いてみた。