こんにちは、セプテンマリアの代表、真部裕充です。

たとえば、忙しい営業の途中で、新しく入った人から「次は何をすればいいですか」と聞かれる。

教える側も、自分の仕事で手いっぱいだ。つい「前の人を見て覚えて」「とりあえず同じようにやって」と言いたくなる。

でも、それだけで覚えられなかったとき、新人のやる気だけを理由にしてよいのだろうか。

僕は、飲食店の新人教育を、教える人の善意や器用さだけに任せたくない。誰が教えるのか。何から覚えるのか。困ったら誰に聞くのか。この三つは、会社が先に整えることだと思っている。

「見て覚えて」では、見えないことが残る

飲食店には、目で見て学べる仕事がたくさんある。料理を運ぶ順番。お客さまへの声のかけ方。仲間が忙しいときの手助け。実際の動きを見ることは大切だ。

ただ、見ただけではわからないこともある。なぜその順番なのか。どこまで自分で判断してよいのか。迷ったときは、何を優先するのか。

そこを言葉にしないまま「同じように」と頼むと、教える側と教わる側で、見えているものが違ってしまう。

僕たちは、お客さまに体験を届けながら、自分たちも現場で学ぶ会社でありたい。知っていることを、実際にできることへ変える。そのためには、教わり、やってみて、直してもらう過程がいる。

一つ目は、誰が教えるかを決める

「みんなで教えよう」は、温かい言葉に見える。でも、担当が曖昧なままだと、新人は誰に聞けばよいかわからない。人によって説明が違えば、なおさら迷う。

だから、まずは相談する相手を決める。すべてを一人に背負わせる、という意味ではない。最初の説明をする人、実際の動きを見る人、判断に迷ったときに確認する責任者。その役割を見えるようにする。

教える人にも営業の仕事がある。だからこそ、教える時間を予定の中に入れることも会社の責任だ。「忙しくない瞬間があれば教えておいて」では、いつまでも後回しになりやすい。

二つ目は、最初に覚える仕事を小さくする

初日に、店の仕事を全部覚えることはできない。できないのが普通だ。

たとえば、席を片づける仕事を教えるなら、まず何を見て、どの順番で、安全や衛生のどこを確かめるのかを一緒にやってみる。これは説明のための例だが、「片づけを覚える」より、できた状態がわかりやすい。

一つやってみる。見てもらう。直すところを一つ聞く。もう一度やる。

大きな仕事を一度に渡すより、確認できる単位に分けたほうが、教える側も「どこで困っているか」を見つけやすい。できたことが増えれば、次に任せる仕事も増やせる。

三つ目は、「困ったらここへ戻る」を伝える

新人が止まるのは、仕事を知らないときだけではない。「こんなことを聞いたら迷惑かな」と思ったときにも、質問は止まる。

だから最初に、わからないときの戻り先を伝えたい。「この判断は責任者に確認する」「安全や衛生で迷ったら、作業を進めずに聞く」。聞く基準がわかれば、勝手な判断を減らせる。

教える側も、「わかった?」だけで終えない。相手に一度やってもらい、どこで迷ったかを聞く。「はい」と返事ができることと、一人でできることは同じではないからだ。

新人教育は、店の未来をつくる仕事だ

できる人が、自分でやったほうが早い場面はある。僕も、そう思ってしまうことがある。

それでも、いつも同じ人だけが仕事を抱えれば、店のできることは増えない。新しい人が一つ覚え、その人がいつか次の人へ伝えられる。そこまでつながって、会社の力になる。

僕は、社員を大切にする会社でありたい。その言葉を本物にするなら、「成長してほしい」と言うだけでは足りない。教える人、教える順番、相談できる場所を用意する。教えるための時間も、仕事として考える。

次の勤務で、新しく教える仕事が一つあるなら、最初に三つだけそろえてみよう。

  • 誰が教えるか
  • どこまでできたら最初の完了か
  • 迷ったら誰に聞くか

立派な研修資料を一日でつくらなくてもいい。目の前の一つの仕事について、言葉をそろえるところから始めたい。

新人が質問しやすい。教える人も抱え込まない。そして、お客さまに届ける仕事が少しずつ安定する。僕は、その順番を会社として支えたい。

教えたことを、どう実行につなげるか。以前の「会議が嫌いだった僕が、会議を増やした理由」では、組織で続けるための仕組みについて書いた。あわせて読んでもらえたらうれしい。